社会をたのしくする障がい者メディア コトノネさん24号に掲載されました。

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強い個人より、強いチームに育てたい

有限会社アップライジング

重くて寒くて大変だけど安心できる職場

栃木県宇都宮市にある中古タイヤ販売店「アップライジング」のタイヤ置き場には、毎日大量の中古タイヤがトラックで搬入される。ホイール付きのタイヤは重く、洗うのもひと苦労。タイヤの溝にはまった小さな石を一個一個取り除くのは、集中力と根気が必要だし、ホイールからタイヤのゴム部分を外す“はがし”の作業は、機械の助けを借りるにしてもこれまた重労働だ。冬寒く、夏暑い、このタイヤ置き場で働くのは、ベトナム人の技能実習生や、複数の施設からマイクロバスでやってくる施設外就労(=施設の利用者と職員がユニットを組み、企業から業務委託を受ける制度)の身体・精神障害の人など。男性たちに交じって、小柄な鈴木知子さんの姿もある。

知子さんは発達障害で左目が見えない。前の職場では、突然わーっとまくしたてられてパニックになったこともあるそうだ。「ここでは、みんなでかばったりかばわれたりしてるから働きやすいんです。怒る人がいないのも安心」。そう言いながら、前日の雨が内側のゴムに溜まったままのタイヤを六段、七段ときれいに積み上げていく。

「以前、宅配寿司チェーンのスタッフをしていて、扱っていた釜飯の番重の積み下ろしが得意だったんですよ。だから重いタイヤも大丈夫。ぎっくり腰にならないように抱えるコツもわかるんです」。

そう話すとも子さんは、なんだか誇らしげ。タイヤの仕分けも自分がやりやすいように工夫してサイズ表をつくり、自分なりに覚えているのだとか。

「知子さんが楽しそうに働いてるのを見るのがうれしい」と言うのは、社長の奥さんで専務の斎藤奈津美さん。休み時間には知子さんと“おいしいお店情報”で盛り上がるのだとか。

 

できるようになるまで待つ。

ゆっくり時間をかける

アップライジングの本店があるのは、宇都宮の大きな国道沿い。赤い看板がひときわ目を引く大型店舗で、一見すると、車好きの熱い男性たちが集まってきそうな雰囲気だ。だが、ここで働く人の多くは、前述のタイヤ置き場と同様、困難を抱えた人たち。従業員六五名のうち、四二名が“わけあり社員”とか。具体的には身体・知的・精神障害者のほか、児童養護施設出身者、元引ききこもり、薬物依存症支援施設ダルクの出身者、刑務所からの出所者、七四歳と八十歳のおじいさんなど。この会社がいま、全国の注目の的になっている。

そもそも、斎藤幸一社長が就労困難者の受け入れをはじめたのは、二〇一一年の東日本大震災での被災者支援がきっかけ。

「友人のラーメン屋さんに誘われて、被災地の炊き出しに参加したんです。その際、おばあさんにラーメンを渡したら、『ラーメンもうれしいけど、その気持ちが何よりうれしい』って言われて。人の喜びが自分の喜びになるんだ、と実感しました」

その後、“困っている人のためにいまの自分ができること”を調べるうち、障害者の働き口の少なさに驚いた斎藤社長。「そこで早速、障害のある方たち三人を、週五回、施設外就労として受け入れてみました。最初は社内に『障害者雇用なんて…』という空気があったけれど、実際には問題なし。いや、全然問題ないっていったらウソですが、問題があるのはみんないっしょでしょ」。

施設外就労という制度として受け入れれば、施設職員もいっしょだからリスクが少なく、はじめやすいと斎藤さん。

「しばらくしても施設外就労を続ける人、直接雇用に切り替える人、働き方はさまざまです。一人ひとりの働きやすさに合わせる、ある程度できるようになるまでゆっくり待つ、というのが会社のスタンスです」

 それはたしかに素晴らしいけれど、ゆっくりなんて、いまどきの会社では難しいのでは? 利益を考えたら、早さを求めてしまいますよね? と返すと、「それもごもっともですが、うちの強みはほとんどの人が辞めないこと。時間をかけて、それぞれの適材適所を見つけたら、全員が会社の財産になるんです。タイヤ置き場の知子さんは、最初なかなか合う仕事が見つからなくて『あの人はムリ』なんていう現場の声もあったのですが、タイヤの仕分けをやらせてみたら、思いの外ぴたりとハマった。あそこでタイヤの“はがし”をしている施設外就労のは、受け入れてしばらくは“タイヤを洗うだけの人”だったけれど、趣味が筋トレと聞いて、力のいる“はがし”の作業を頼んだら、右に出る者がいないくらい丁寧で上手だった。知子さんや伊藤さんの変化を目の当たりにしたことで現場の空気も変わり、社内に障害者雇用への理解が深まったとも思っています」。

 

職場の枠を超え

専務がみんなをサポート

 

イライラしていそうな人を見つけたら、「食べる?」とチョコを渡したりして、さり気なく社員をサポートするのが専務の奈津美さん。

「いつも現場にいると、『声のトーンが昨日と違う』とか、気づくことがありますよね。そんなときは間髪入れず、『どした、どした?何かあった?』ってぐいぐい歩み寄って、話を聞いて、仕事のあとに飲みに行くことも(笑)。気になってつい首を突っ込んじゃうタイプなんです、わたし」。

そんな奈津美さんが一年半前から全力で支えているのが、若年者支援機構の紹介で入社した大金則之さん、三一歳。以前は引きこもりで、数年間生活保護を受けて暮らしていたという大金さんだが、最近は「入社当時と顔つきが全然違うし、いまではタイヤ交換も接客も任せられるようになりました」と奈津美さん。「入社したてのころは、遅刻するわ、会社に来ないわ、電話しても出ないわで、彼のひとり暮らしのアパートに行ってみたんです。そうしたら、電気はついてるけど、チャイムを鳴らしても出ない。『死んでたらどうしよう』と思って、急いで大家さんに鍵を開けてもらったら、ゴミ屋敷のような部屋に彼がいました」。 

その後、アパートの階段に並んで座って話し、「いまのままでいいから、とにかく来なさい」と伝えたそう。「父親からの虐待を受けて施設で育った彼は、判断基準がわからない、というか、なんでもすぐ信じちゃうところがあって。前付き合っていた彼女にお給料を全部渡して、給料日まで四日間食料ゼロなんてこともありました」。奈津美さんが、大金さんのお金の管理をすることにした。彼はお金を計画的に使うことも苦手なので、週にいくらと決め、奈津美さんがその都度渡している。お正月には斎藤夫妻の実家に、大金さんも連れて行くのだとか。

「実家で団欒やザ・お正月みたいなものを経験して『楽しかった』って。彼が喜んでくれて、わたしもうれしかったです」。

 

慈善事業じゃなくて、

みんな必要な存在

 

社長が血縁関係にない社員を連れてお正月に帰省なんて、あまり聞いたことがない。「血がつながってなくても家族になれる。それを身を持って教えてくれたのが社長でした」。奈津美さんはそう言う。というのも、ふたりが出会ったころ、奈津美さんは二歳の娘がいるシングルマザー。一方の斎藤社長はかつて、オリンピックの代表候補・指定強化選手にもなったプロボクサーだったけれど、ボクシングから引退し、父親の莫大な借金を背負っていた。借金の合計は社長と奈津美さんふたり合わせて一二〇〇万円。月に六〇万円を返済するために、一日五〇〇円で暮らしていたそう。「いっしょに暮らそうと決めたのは、社長が娘のことを血のつながりを超えてかわいがってくれたから。あと、ひどい暮らしなのに、社長はいつでも『なんとかなるから大丈夫』と超ポジティブ(笑)。わたしもなんだか大丈夫な気がしてきちゃって」。ずっと変わらず、愛情深く娘さんに接する斎藤社長を見て、奈津美さんにも“社員だって大切な家族”という感覚が生まれたのだとか。

アップライジングでは、人のやり方を否定したり、失敗を責めたりしない。七九歳のおじいさんが一九歳の発達障害の若者と組んで、繰り返し練習する。それぞれに任せることで時間がかかるし、一人ひとりが考えることも増えるけれど、「それはやりがいにもつながると思うから」と斎藤社長。「最初ポンコツな分、伸びもすごいんですよ。できることがどんどん増えていくのを見ているのは、ぼくも面白い。いろんな人の受け入れをしていますが、うちは慈善事業じゃない。みんな、いないと困る存在です」。

 

アップライジングの店内には、最近流行りのネコカフェのようなネコルームや、子どもが喜びそうなキッズスペース、地域住民に無料貸出している会議室がある。ネコルームにいるのは、奈津美さんが助けた元捨てネコたち。タイヤ交換の待ち時間に、ネコたちが癒してくれる。以前の店舗ではほとんどが男性客だったけれど、いまでは家族連れの来店が多いそう。昼休みにはネコルームにいく社員も。

 

74歳のおじいさんは、元々施設外就労の職員だったそう。70歳で定年になると聞いて、斎藤社長がスカウト。定年後からここで働きはじめて四年目。